ひょこひょこと器用に全力疾走している織姫にようやく追いつきそうなところで、
織姫が足をつまずかせた。
「織姫っ!」
慌てて彼女の前に出たが、おっとっとっと・・・と言いながら、なんとかバランスを取り戻した。
・・・見るまでもないことだが、足元にはつまずきそうなモノはない。
「ホント・・・大丈夫?」
「だいじょぶだいじょぶ!それより笑点が〜!」
ケガ人とは思えない驚異の一段飛ばしでアパートの階段をかけあがり、
あの織姫からは想像できない感じに、一発で鍵を開けて部屋へ飛び込む。
テレビのスイッチを入れると、例のテーマソングが流れ、ぴったり笑点が始まった。
・・・奇跡としか言い様がない。
「ちゃん、ありがとね!」
「いや、・・・大したことは してないよ」
「ううん、転びそうになったときに 前に出てくれて、安心したよ」
「・・・そっか」
「これ終わったら晩ごはん作るね。・・・さっき、朽木さんが引き止めてなかった?」
「あ、うん。話したいことが あるって・・・」
「じゃあ、あたしその間に晩ごはんを
「ぁあー!!待って待って!」
「・・・・・・え?」
彼女にご飯をつくらせるわけにはいかない!
織姫は知らないかもしれないが、彼女が料理をつくると、
大概たつきが織姫の見ていないところでリバース(もしくはトイレに籠城)しているのだ。
「ルキアとの話はすぐ終わるはず! ・・・だから、晩ごはんは一緒に作ろう!!」
「・・・いいの?手伝ってもらっちゃって・・・」
「全然気にしない!もし戻ってこなくても、戻ってくるまで待っててくれると・・・嬉しいな・・・」
普段の私としてはありえないくらいの早口でまくし立てた。
「うん、分かった!じゃあ・・・気をつけて行ってきてね」
「ごめんだけど、よろしく・・・!」
静かにドアを閉め、行きと同じかそれ以上のスピードで公園まで戻った。
・・・この程度のことで息切れはしないが、今日は運動量が多い気がする。
公園に戻ると、ルキアとの口論が始まった。
「遅い!」
「すまん!」
「瞬歩で来れぬのか!」
「義骸でそれをしろと!?」
「貴様 中身は死神だろうが!!」
「言っておくが義骸はそんなに高性能ではない!!」
かなり、まくしたてたような会話だが、私たちにとっては普通。
視界の隅で、黒崎が眉間のしわを一層深くしていた。
「――で、大体言いたいことは分かるが本題に入ろうか」
そこで話を切って本題に入るのは、今回は私からだった。
織姫ひとりに料理を作らせるわけにはいかない・・・!
「あれは虚の仕業だろうな」
腕を組みながらルキアが小さい声でつぶやいた。
黒崎には聞こえないように、本当に、こっそりと。
「む ・・・・・・きっと」
きっと、きっと ・・・嫌な予感がしてきた。
が、虚が元は普通の人間だったという事実を、黒崎は知っているだろうか。
「あ・・・なぁ、黒崎」
「あ?・・・っつーか、俺たちの前ではその喋り方なんだな」
あぁ、そういえばそうだった。ルキアがいたから考えてもいなかった。
「黒崎は正体知ってるからいい。 ・・・そのうち織姫たちにも素がバレそうだけどな」
「・・・だろーな。で、何だよ?」
「織姫の兄が死んだのは・・・3年前だよな?」
「ああ、・・・そー、だったな」
間違いはないと見える。 ・・・織姫の足をつかんだ虚は・・・
「――それだけ聞ければよい。はこの後どうするのだ?」
「今日はこの後、元々織姫・・・今送ってった子の家に行く予定でいた」
「では、行ってくるのだ」
「む。・・・万が一のときは、ルキア、黒崎 ・・・頼む」
2人ともそれぞれに頷き、私は再び織姫の家へ向かった。
「ただいまー」
「あ!「おかえりー」」
ドアを開けたところで、2人分の声が聞こえた。
「たつき ・・・部活終わったんだ」
「うん、が空手部入るかも、って伝えたら 顧問喜んでたよ」
「そっか」
・・・もし虚がここに現れたら、彼女も巻き込むことになってしまう。
織姫に何か起こる前の段階で止められればいいが ・・・
斬魄刀もない、鬼道も大して使えない死神が 何ができるだろうか・・・
居間に入ると、相変わらず男勝りな服装のたつきが[よっ]と手を挙げた。
ちょうどそこで笑点のテーマソングが流れ、番組が終わったようだ。
「よーし!じゃあ晩ごはん作るぞー!」
「「ちょっと待ったー!!」」
勢いよく立ちあがった織姫を、私たちが同時に制した。
「あ、あ・・・あたし今日おかず持ってきたからさ!それ食べようよ!」
「お、お織姫!そーいうことだからご飯炊こうか!スイッチ入れるの手伝ってもらっていいかな!?」
さすがたつき ・・・用意周到である。
「じゃあ・・・今日買ってきたものは明日の朝にするね!2人とも、ありがと〜」
「「い、いえいえ〜」」
と、ここでたつきと目が合うと、[明日の朝はそれか・・・]と顔が言っているのが分かった。
食事と片付けを終えて、一段落。
今日黒崎くんに会ったんだよ、と嬉しそうに織姫が話し始めた。
送っていこうか?と声をかけてもらったのにあわてて断ってしまった、というところで…
「アンタバカじゃないの!?」
「失敬な!バカじゃないっすよー」
たつきの言葉に精いっぱい主張する織姫。しかしあの状況では…
「いやいや、あれは…ねぇ」
仕方がない、としか言いようがない。
色沙汰には興味がない自分でもハッキリと分かる。織姫は黒崎のことが…多分…
「でもさー…」
どうにも食い下がるたつき。
最終的には「押し倒す!!」と、デカい声で言うぐらいだから、
……
そうか。
当たり前すぎて気付かなかったことながら、
やっぱりたつきは織姫のことを第一に考えているんだ。
一緒に織姫を守っている私のことは、どう思っているんだろう…?
「あたしが…黒崎くんと……公園でデート…」
私が考え込んでいることを知ってか知らずか、織姫もまた妄想タイムに入っていた。
考え事をやめて、たつきと一緒に織姫の表情を観察。
最初ニヤニヤしていたかと思うと急に必死な表情になり、ついには…
「危ない!逃げてあたし! …じゃなくてチャンプ!!」
「「……」」
一体この子はまた何を妄想しているのやら。
私たち2人は多分同じことを考えていた。
――突然、空気が揺れた。
「まったく…」と飽きれたように机のお菓子をつまむたつきにも、
「えへへ〜」と幸せそうな顔をしている織姫にも、…多分分からない。
来やがったか…!!
「…ちゃん?」
遠いところから織姫の声が聞こえたような気がした。
狙いはおそらく、あのヌイグルミ……
バスッ
テレビも消してあって、自分たちの話し声しかなかった空間に ひとつの乾いた音がした。
「何…」
「いまの…音…?」
棚にあったヌイグルミが落ちたタイミングを狙って、私は立ち上がった。
顔の半分でキレイに布が切れているクマのヌイグルミ。
近づいて、試しに霊圧を当ててみる……どうやら中に虚がいる。
持ちあげてみる……間違いない、何かを狙っている。
「ああ〜っ!あたしのエンラクがぁ…」
「「え、エンラク?」」
思わず駆け寄ってきた織姫の一言に、
同じく駆け寄ってきたたつき、そしてヌイグルミを持ちあげていた私は驚いた。
「エンラクって、あの…円楽さん…?」
その場に似合わず、脳内では例のテーマソングが流れ始めてしまった。
「でも、すっごい裂け方ね…布が寿命だったんじゃない?」
「そんなぁ…、ちゃん、ちょっと見せて」
「え…っと…」
待て待て。
もしこの虚が、夕方言ってたアレと同じものであるとしたら…
もしこの虚が、虚である意義同様に…身内の魂を狙っていたとしたら…
もし この手に 誰かの血がついてしまっていたら ……
「2人とも、逃げろ!!」
「「え?」」
そう言った瞬間、人外の手がエンラクから伸びて…
織姫の[中身だけ]を抜き取った。