[白き死神]。
輪廻 (りんね) の輪という概念ができる更に遠い昔から、我々には見えぬ形で 存在していると言われている死神。
前述の通り、我々には見えないものなので 詳細は不明とされているが、現世で言うところの「憑依」に近い形で死神の身体に入り込み、
入り込んだ者の身体を「乗っ取る」 という噂が流布している。
乗っ取られた死神は、ありとあらゆる斬魄刀の能力を駆使することが可能になるが、
それと引き換えに、これが身体から離れるときに消滅してしまう、という伝説もある。







十三番隊の廊下を、ひとりの死神が忙しそうに歩いていた。
あまり高くはない身長には不相応な、中性的で少しキツめの顔立ち。
現世にいれば「中高生ぐらい」と称されそうな、細くもなく太くもない均整のとれた背格好。
身にまとう死覇装は、まだあまり着こなされているような感じはしない。

少し焦っているような表情の脇には、1冊の分厚い本が抱えられている。




「隊長・・・浮竹隊長 ・・・・・・お時間、よろしいでしょうか?」
目的の部屋に着いた死神は その場に正座をし、丁寧にふすまを叩く。
「ああ、・・・少し待っててくれ〜」
ふすまの向こうから元気な声が返ってきた。
普段は病気がちで臥せっていることが多い浮竹が、今日は珍しく執務をこなしている。
休んでいる間は2人の三席が隊を仕切るが、やはり隊長にしかできないこともある。
部屋の向こうから物音はあまりしないが、忙しいに違いない・・・ と死神は考えていた。

「お待たせ。 ・・・・・・じゃないか!」
ふすまを開いた浮竹は 珍しいものを見るような表情で、死神を見下ろした。
「はい・・・私情ですが、お伺いしたいことがありまして・・・」
、と呼ばれた死神には ふすまを叩くときまでの焦りの表情はない。
普段どおりの、無表情。





「白き・・・死神?」
「はい」
から受け取った本を、浮竹は興味深そうにめくっていた。
当の本人は、本をめくる浮竹の手をぼんやりと眺めている。

「・・・おいおい、この本・・・持ち出し禁止じゃないか」
「へ?」
本を閉じ、背表紙を向ければ・・・そこには「禁持出」と小さく赤で書かれている。
「またやってしまいました・・・」
「ははは、前科者か」
「ぜっ・・・!? 隊長、それは言いすぎです・・・」
苦笑しながらは答えた。

「で、本題に戻すと」
「・・・はい」
書類は山にはなっていないものの、やはり出来るだけ早く済ませたいものである。
そうしたい浮竹の心情を察したのか、も話を切り替える。


「俺も噂でしか聞いたことがないが・・・これ以上のことは聞いたことがないな」
「そうですか・・・」
「あ、そういえば・・・」
「?」

「過去に数回、話題になったことがあった」
「つまり・・・乗っ取られたことが?」
「ああ、名前もよく知られていない、下級隊士だったな・・・」
「・・・・・・」
浮竹の話によると、
[白き死神]というのはどうやら乗っ取られても制御が可能らしい。
但し、身体のある一点に血がかかると制御ができなくなり、霊力が尽きるまで暴走するらしい。
原因が特定できない以上、暴走し始めたら殺す以外に手はない かもしれない らしい。
ある一点にさえ血が飛ばなければ問題はないだろうとは言われているが・・・
ある一点とは・・・
「魂魄が虚になるときにできる孔があるだろう? ・・・あのあたり と言われている」
「まるで虚みたいですね」
「そうだな。 ・・・それから」
「・・・?」
「その下級隊士の斬魄刀の能力が、相手の刀の能力をコピーする・・・・・・と同じ様なものだった」
「え・・・」
今日の会話の中で 滅多に感情を出さなかったの声音が変わった。

「・・・心配することはないさ。技術開発局が封じ込めることに成功している」
浮竹は安心させるようにに言った。
「私たちに見えないものなのに・・・」
「涅も相変わらず侮れないな・・・ただ、この情報はあまり表ざたにはされていない」
「口外しないように気をつけます」
「ああ、そうしてくれ・・・ でも、なぜ急に伝説でしかなさそうな代物の話を?」
「たまたまです。・・・他の事を調べていたとき、ふと目に入ったのが気になって・・・」
「そうか、相変わらずは勉強熱心だな」
「そんなこと・・・・・・ あ、そろそろ戻らないと」
「どうした?」
「調べごとを途中で投げ出してきているので・・・ 図書館にもあまり長居はできません」
「そうか・・・そうだな。 この件以外にも また何かあったら気軽に来てくれよ」
「はい! ありがとうございます」
はゆっくり立ち上がると 丁寧に一礼をし、執務室を後にした。








[――またこんかいも せいだいなウソをつきやがったな]
けけけっと言わんばかりの いたずらっぽい低い声がどこからか響いた。
[知りたければ誰かに聞くんだな と言ったのはおまえだ]
来る時よりもゆっくりとした足取りで、は答えた。

彼女たちの声は誰にも聴こえていない。


図書館で持ち出してきてしまった本を元あった場所に丁寧にしまう。
[いっかいも もちだしたこたぁねーんだろ?]
[ない]
[しらべごともしてねぇしな]
[その通り]

図書館を後にしたは、無表情のまま黙々と廊下を歩き、次なる場所へと足を進めている。


[てめーのそういうところ、おもしろいとおもうぜ?]
[それは・・・誉め言葉として受け取っておけばいいか?]
[けけっ・・・すきにしろ]





誰もいない武闘場・・・
彼女はその中心に立ち、静かに鞘から刀を抜いた。


「正直、こんなことをしていると・・・自分の何が嘘で何が本当だかが分からなくなってくる」

刀を振り下ろす構えをしながら、はつぶやいた。
さっきまで無表情だった瞳に、少しだけ憂いの色が浮かぶ。








元々「煌 (きらめ) け!」という口上と 戦ったことのある相手の斬魄刀の名を叫べば、刀の能力を使うことができるものが、
戦ったこともない、顔も名前も知らない死神の刀まで使いこなせるようになったぐらいだから、
こいつが自分で自分のことを[しろき しにがみ なんてよばれている]とか言ったことは間違いないだろう。





とりあえず死にたくないは、現世への逃亡を企てた。 ・・・・・・しかし下級死神が簡単に脱出できるわけがない。
そんな折・・・
「虚への対応をすばやくするために 今よりも高度な技術を駆使して、死神を人間たちの世界に送り込もう」
という、少々無謀な案が技術開発局にて計画されていた。
実験で何をされるか分からないということから、自ら立候補する死神は当然いない。

チャンスは今・・・


[今度は、おまえが嘘をつく番だ]
[わかってるってーの]










穿界門の前に、彼女は立っていた。
頭の上には地獄蝶、右手には斬魄刀 という、非常に身軽な格好をしている。
「荷物は順次、門を出た先にある空座町という町の 浦原商店に送られる予定です」
と、死神の後ろで 十二番隊の副隊長が言った。彼女以上の、無表情。
「ありがとうございます、涅副隊長」
死神は振り向きざま、口角を少しあげながら会釈をした。
「それでは、お気をつけて」
「はい・・・」


小さく一呼吸を置いて、彼女―― ――は、門の中にゆっくり足を踏み入れた。