私の専門種目は、200mフリーです。
最初は、特に決まってなかったような気がするけど 一応100mフリーでした。が、
2年後半の新人戦あたりから、大会は全部200mフリーでエントリーしてます。
その理由を、少しだけ… 紹介します。
「今度の大会のエントリーを確認するぞー」
部活終了後、顧問が全員をプールサイドに集めてそう言った。
プールからあがったばかりの体は 正直言って寒い。
まだまだ蒸し暑いと思ってた初秋の風も なんとなく冷たく感じる。
せめて体ぐらい拭かせてくれ…と誰もが思ったに違いないが、
どうせすぐ終わるだろう と誰もが思っていた はず。
少なくとも私は、そんなことになろうとは 思ってもいなかった。
プログラム順に種目と出場する選手の名前を読み上げて 次々に確認していった…が、
毎度困るのは 100mフリーで誰を出すか。
次の大会は公式戦ではないにしろ 規模の大きい大会なので、
1つの種目にエントリーできる選手の数も決まってくる。
100mフリーにエントリーしたいのは、私とAと…あと誰か2人いて4人。
「今度の大会は3人しかエントリーできないから、ひとりは他の距離に出てもらうことになる」
そう顧問が言い終わる前に、弾かれるのは自分だろうな と考えた。
なぜならその4人の中で1番タイムが遅い(であろう)から。
「それで だ。 前回の記録会の時のタイムから――」
タイムから、速い順に2人が決定した。
「残ったのはおまえら2人だ。実は2人は1〜2秒の差しかない」
「「ぇえっ!?」」
「もっと言うと2人とも大会の標準記録はギリギリ突破してるから 出る条件はある」
驚いたのは私だけではなかった。
いつもへりくだってるAも 私より遅いものだと思ってたに違いない。
「あたしたち1〜2秒の差だって」
「うん… 先生、ちなみに …どっちが速かったんですか?」
「あのときはAの方が速かった」
やっぱり。
「うーん…1秒とかそれぐらいの差ってストップウォッチ押したタイミングでもずいぶん変わるよね」
「そーそ。それにさー、前回って言っても半月前でしょ?あたしの方が遅くなってるかもしんないじゃん?」
「それはないよ… だから、100はAが出て?」
「いい いいっ。1〜2秒ぐらいの差だったら あたしが他行くよ!」
「そういうわけには…」
「いいのいいの」
「でも…」
「――それなら こうするか?」
「「!?」」
なんだかよく分からない譲り合いをしているところに、顧問が口を挟んだ。
どんな提案をするんだろう…なんて考えなくても分かる気がするけど、
「俺が記録計ってやるから、おまえら今から泳げ」
「泳ぐの!?」「泳ぐんすか!?」
「でなきゃ埒あかないだろ? 他の部員も待たせてるし」
「「……」」
夕焼けのオレンジが だんだん色濃くなっていってる時間。
他の部活も先生の話をしたり挨拶をしたりして下校の準備をしているのがプールサイドからでも見える。
「オラさっさと準備せいっ!!」
「「あ…はいっ!!」」
「なんで今からなのかなぁ…」
ゴムキャップにプールの水をすくって 水と一緒に頭にかぶる。
外した後で裏返すのを忘れてうっかり表裏逆にかぶってしまったイライラもこめて、私はつぶやいた。
「別に今日じゃなくても明日でも…」
ため息をつきながら、Aも言った。
「メニューこなした後で疲れてるってのに…… あ」
気付いちゃった。
「どーしたの?」
「あ、いや ……なんでも ない」
意外と感情を込めずに言葉を言うのは難しいと思った。
これからの記録会を楽しみにしてるような口調に聞こえてしまったのか、
「そっか。 …じゃ、あたしは本気でいくよ」
と、Aもなんだか急に乗り気になった。
「うん」
記録を計るのは 今じゃないと駄目なんだ。
疲れてるとき。
他の部員が見てるとき。
それと…
ピッ ピッ ピッ ……ピーッ
笛の音につられて、他の部活の生徒が フェンス越しにのぞきにくる とき。
それが、
今しかない。
多くの人が見てる、大会のときと同じ緊張感。
普段と違う条件での疲れ。(今回の場合少し違うけど)
それを意識したうえで顧問がそうしたかどうかは分からないけど、
いい練習試合には なりそう。
8コースの長水路プール。
Aは右隣、4コースの飛び込み台に立っている。
私は2分の1で左呼吸なので…ということで、Aの左にしてもらった。
こんな ド真ん中で2人っきりで泳ぐなんて とか考えてたら、
「用意――」
ピッ
私はスタートが苦手。フライングすれば一発失格だから 少し遅めにスタートしたいけど、
遅すぎた。
……Aの飛び込む背中がここから見えた なんて…。
ついでに顧問からも「遅いっ!!」ってダメ出しをくらったような気がした。
さっきまで生暖かかったはずのプールが、もう冷たくなってる。
私はキックが苦手。足に力を入れれば入れようとするだけ…遅くなるような錯覚を感じる。
(足が水をつかんでくれてないような…ただ足をバタつかせてるだけのような気がする)
そして今日も、またそんな錯覚。
水の流れに乗ったような気分になれるのは練習のときだけで、今はそれどころじゃない。
水面から顔を出すたびに 空の青がだんだん濃くなってくようにみえる。
水に顔をつけたとき 目だけ右側に持っていってみる…と、
Aの胴体が コースロープ越しに見えた。
おっと、もうすぐターン……
運が悪い。
タイミングが悪すぎた……
壁が蹴れたか蹴れてないかの距離でひざを伸ばしても もちろん進んでくれない。
足をバタつかせても無駄だろうな。プルでゴリ押しするしかない…
ここからが勝負…かな。
後半に挽回するタイプだと自分で思ってても、果たして後半に挽回できてるかどうかなんてのは分からないけど。
Aは3分の1呼吸だから 向き合うことなんて滅多にない。
ないけど…
赤い線が見えたところで 今 お互いのゴーグル越しに 目が合った。
「――まーた1秒差か」
まだ練習するのか、野球部のグランドの照明がこのプールまで明るく照らし始めた。
「「……」」
「――先生」
「……前回よりも2人ともタイム縮んでるぞ。ちなみに速かったのは――」
「…じゃなくて」
やってみよう。
人数の多いところでチャンスを待つより、
自分からチャンスをつかみに行ってやる。
「私、200…やります」
「「…………」」
「ホントに、いいの?」
顧問よりも先に口を開いたのはAの方だった。
「うん。…新しいことに挑戦だよっ!」
誰だこれ。
普段の私とは思えないぐらい大げさなガッツポーズを取ってた自分が、自分でおかしかった。
だから、なんだか逆に心配させてるっぽい。
「んな顔すんなよー…。200なんて100mスイムを2本連続でやるのと同じことなんだよ〜?」
「……分かった。 じゃあ、頑張ってね!あたしも100頑張るから!」
「私の分までよろしく!」
結局全ての種目のエントリーは決まり、
更衣室で着替えてるとき……
「え、Aじゃなくて私のが速かったの?」
でもよかった。
自分で決めたことだから。