基本的に水泳の選手って なんか必ず2つの距離に出てるような気がするんだ。
……オリンピックとかそういう大会をあんまり見たことがないから、もしかしたら偏見かもしれないけど…
え、あ……何が言いたいかって、やっぱりフリーって不憫だな。ってこと。
だって、
バック・バタ・平っていうと、公式大会だと100と200ってのが普通だよね?
なかなか50ってないよね? ……まぁそれはいいとして、
クロールは開きがすごいと思わない?
50と100ならまだ分かる。むしろ他の種目より開きが狭くていいよね。
だけど、
200と400ってどう?
400と800だって……。男子なら400と1500だよ?……まぁ、大会によっては800を男子が泳ぐ場合もあるけど。
だから、なんで300mとかないのかな。って思っちゃったり……
――と、ざっと一息で私がそこまで言い切ると、
教室の誰かの席の椅子を 背もたれを前にして座っていたCが、思いっきり引いていた。
さすがに昼休みの喧騒の中に響くほどの声ではなかったにしろ、あまりにも私が熱弁しすぎたせいか、
近くで読書をしていたり絵を描いたり(?)していたクラスメイトが 文字通り[ぽかん口]な状態になっていた。
「う ん、ぶちょーの言うこともわかる けど」
「やっぱりダメか」
「ダメ…だと思うなぁ」
「……」
「だって短水路専門から言わせると、100と200は数えるのが大変で……150とかはないのか?になっちゃう」
「うっ……で、でも短水路じゃ大会やらないよ」
「小学生は? ……あたしら昔それに出たじゃん。それにスイミングだと」
「……すんませんっした…っ」
固く目をつぶって手を合わせ ごめんのポーズ。そこまで言われてしまうともう言い返せない。
そもそもこういう話になったきっかけは、前日の部活のこと……
一言で言えば、そのとき顧問から400mフリーを勧められた。
100が苦手で200を泳いでいるなら400もやってみろ、と。
一応[考えておきます]とだけ言ってその場をしのいだものの、……腑に落ちない。
で、400フリーを勧められた ということを昨日の部活にいなかったCに話し出したらこの有様。
「でもそんなに400って嫌?」
「うーん……そんなに嫌じゃないけど思ったことをそのまま言ってみた」
「ぶちょーがものすごーく400が嫌だってことがよく分かっ」
「いやいやそーいうわけじゃないから」
そしてあからさまに[えー]という顔をするC。
自分でも何を言っているか分からなくなってきた。……未成年のくせに酔ってるのか?
「なんていうか、200mって種目に 私なりのこだわり…みたいのがある、みたいで」
「こだわり ねぇ」
今度は真剣に話を聞いてくれるようで、Cはつぶやきながらうんうんと頷いた。
「100だと中途半端なところで終わるような感じだからあんまり好きじゃなくなってきた」
「力を出し切ったか出し切れてないか……みたいなそういう意味?」
「うん。だから今思うと100から切り替えて正解だった…かも」
「ふーん…。で、400は?」
「それは単なるスタミナ不足。ペース配分の仕方は何とかなりそうだけど 体力は理想からかけ離れてて……」
そこまで言ったところで、急にCがものすごく難しそうな顔をし始めた。
「――えっと、C?……どうしたの?」
「あんたの言いたいことは よーく分かった。分かったんだけど……でもなぁ」
「?」
「すごく言いたいことがあるんだけど、あまりにもひどいこと…というか、もし言っちゃったらヤバいような…」
「ん? ……いいよ、ぶっちゃけちゃって」
こんなわがままな私に痺れを切らせたか、それとも大して速く泳げもしないやつがわがままを言うな ということか…
「結局のところ ぶちょーは、何のために水泳やってんの?」
最近スイミングのハードな練習に対して愚痴るCに同じ事を…なんて一瞬思ったけど、
この空気でそんなことを言ったらそれこそヤバい。
「何のため、って……」
「先に謝っとく。……いろいろとごめんなさい」
「え?」
「………素人は基本的にそこまでこだわっちゃマズいでしょ って思って…」
「――あ〜…うん、分かってる」
私自身 自分の泳ぎに満足だーだの不満だー だのいえるような境地に達していないことぐらいよく分かってる。
むしろ自分のチカラは 自分が一番分かっている……つもり。
「それは分かってるんだけど、結局のところ私はさ――」
5時間目の予鈴のチャイムによって それ以後の言葉がかき消されてしまった。
「え? 今、なんて?」
顔が熱くなるのを感じつつ、とりあえずCの質問には
「素人だから自己満足が通用する って考え方もあるんじゃないかな、ってこと」
とだけ答えて、私は教室から出た。
「――結局のところ私はさ、泳ぐこと自体が目標みたいなモノで それ以上もそれ以下もない」
「[だって、泳ぐのが好きだから]――だって」
最後に私が言った言葉をもれなく聞いたCが、ため息混じりに
「やっぱ部長さんには かないませんな」
とつぶやいたことを 私は知らない。
その日の放課後、珍しくスイミングが休みだというCと一緒にプールまで歩いてきた。
後輩のスイミング組が来ていないようなので、彼女だけサボったとも考えれるけど……。
着替えを済ませてアップの2個メを終わらせると、私が泳いでいるコースの前で顧問が仁王立ちしていた。
「……ど、どうしたんですか?先生?」
「そういえば答えをまだ聞いてなかったな」
「え?」
「えって……おまえ結局400はどうすんだよ?」
「あー…」
あー……まだはっきり考えてなかったっけ。
視線をいろんな方向にめぐらせてみた。
バックで帰ってきた部員がターンをして平泳ぎをしていくところ…
とっくにアップを終わらせて最初のメニューであるキックのためのビート板を準備しているところ…
そのうちのひとりであるCと目があった。
苦笑している表情から察するに、多分私たちの話を全部聞いてたんだと思う。
「――別に急いでるわけじゃねーけど、特に400っていうと大会前に急にやりますってできる種目じゃねぇからなぁ」
「……」
この種目を選べば普段の練習よりもっと多く泳ぐことになる。
[多く泳がされる]って感覚になったら そこで何かが終わってしまう気がする。
[多く泳げる]って思えば……
気付いたら私は、無意識のうちにプールの水でばしゃばしゃ顔を洗うような動作をしていた。
意識してないけど、多分顧問の前じゃなかったら こういうときいつも頭を浮き沈めさせてるような気がする。
そんなに、好きなのかな……。
「――分かりました。頑張ります」
「えらく答えるまでに時間がかかったが……本当にいいのか?」
「っはは……スタミナつけりゃなんとかなりますよ。きっと」
「……まぁ、好きでやってるようなヤツはそうするしかねぇだろーがな」
ありゃ……見透かされてた。
「最終的にどうなるかは本人自身しか分からない。おまえの場合おまえ自身でも分かってないだろうが」
「うっ……」
「とにかく、今日から400の方も練習に入れていく。手ぇ抜いてると痛い目に遭うぞ」
痛い目って。
練習に戻ると、昼休みのあの爆弾発言を聞いてしまっていたのか Cがこちらを見るたびにニヤニヤしていた。