もうひとりのマネージャーであるさんは いわゆる[素もぐり]があむろ並み・・・かそれ以上に得意だということが最近分かった。

ところがオレは、もっとすごい もうひとつの[特技]を発見してしまった・・・・・・








   ――水泳っぽい100のお題 [092. 0.01秒の世界]




・・・それはある大会を前に控えた練習中のときのことだった。


さんはいつも通りストップウォッチとバインダーを左手に、シャーペンを右手に持っていて、
オレもいつも通りスタートの合図をしたりタイムを計ったりしていた。
「そういえば センパイ」
「なに?」
「センパイって、大会のときとかの記録って・・・とってますか?」
「うん、自分たちの学校のぶんぐらいは」
「・・・・・・そう、っすか」

抑揚のない声でつぶやくと 彼女は再び視線をバインダーに戻してしまった。
それがどうしたのか気になったけど、あまりにも真剣にバインダーと向かい合っていたから 声をかけるのはやめておいた。

その代わり、ほんの少しの休憩の時間を使って バインダーを盗み見ることに・・・した。
別に本人がいないところでこっそり見るとか、そんな卑怯な手は使わない。
ただ、なんとなく後ろを通ったついでに[何書いてるの?]・・・・・・それだけで充分だ。





さん、何書いて・・・






これが絶句というやつか。



「はい? ・・・えーっと、見ての通り タイムっす」
「そりゃ・・・見れば分かるけどさ」


分かるけどその膨大な量は何なんですか。


「それって、過去の記録・・・とか?」
「いえ、今日の部活の分っすよ〜」
よくあるプリントと同じサイズだから・・・えっとつまりA4?といわれる大きさの紙に、
それはそれは片っ端からびっしりと書いてある数字の羅列。
「見せて・・・もらって、い いかな?」
「はい、どーぞ」
圧倒されているオレに対して、彼女は何事もないようにそのびっしりのバインダーを手渡ししてくれた。



見ているだけで目が痛くなってきそうなぐらい小さい字なんだけど、
よく見るとそのタイムが誰のものなのかまで分かるようになっている。
更に ところどころにある空白を目で追ってみると、なんとメニューの項目ごとにタイムが分けられていたのだ。
項目名の次のところには そのメニューにおけるタイムが書かれていて、その下からは着順に書かれている。
織塚先輩やあむろが上位にあるのは当然として、別メニューで練習しているはずのマキオちゃんのまで書かれている。


「自分は センパイみたいに仕切ったりアドバイスしたりするのが苦手っすから・・・こーするぐらいが精一杯で」
あいた左腕を頭の後ろに回しながら、彼女は目をそらして苦笑していた。


「そんなことないよ!全然すごいじゃないか!!」
「せっ・・・センパイセンパイっ、静かに・・・っ」
「え? ・・・あ、ごめん」
顔を真っ赤にしながらさんはぶんぶんと首を振っていた。
どうやら人にはあまり知られたくない[特技]らしい。

「仮にもこれがヅカセンパイにバレたら・・・自分、泳げなくなっちゃいますよ」

聞くと、タイムを頼まれたらその本人だけ別の紙に書いて見せているらしい。
こればっかりは織塚先輩にも明かしていないとか。
確かにこんなすごいことを先輩たちが知ってしまえば・・・





「あたしが、なんだって?」



「「で・・・でで、出たぁあ!!?」」

声に飛びのくようにオレたちマネージャーは声の方に振り向いた。
・・・ウワサの先輩が、手を腰に当てて軽く下から目線という例のポーズで立っていた。


「なによ人聞きの悪い・・・・・・。そろそろ休憩終わりにしたいんだけど、何してたの?」
「あ、いや・・・その・・・」
「タイムの交換をですね」
しどろもどろに言うオレたちを前に、織塚先輩の目は やっぱりさんが持っているバインダーに向けられた。
「・・・・・・で、情報交換だけでどーしてそんなにあわてるのよ?」
「「それは・・・」」
どうしよう・・・!なにかいい言い訳は・・・!?


「ヅカセンパイの練習タイムが急激に下がってて・・・センパイには見せられません!!」
・・・な、ナイス!さん!!

「はぁ!? ・・・それホント?今日のあたしはコンディション最高なはずよ!」
「「ぇえ・・・っ」」
自分で言いますかそれを・・・。
「50mスイムは10本全部40秒でまわしてるし・・・」
「あ、あれー!? 記録間違い、っすかねぇ?」
「100mだって1分10秒で20本まわせたのよ? それでタイムが急激に下がってるなんて・・・」
・・・先輩のコンディションはかなりよさそうだ。
いつもならメニューの終わりごろになってくるとタイムはギリギリになってしまっている。

「そ、そーっすね。すんません、自分たちのミスっす」

「もー・・・。マネージャーなんだからちゃんと練習見てなさいよね」
「「はい・・・」」
「・・・それからはこの後マキオちゃんの個別指導に入って」
「了解っす」
そういうと織塚先輩は何気ない足取りでプールに戻っていった。


「っつーわけなんで、かなめセンパイ・・・このバインダー よろしくっす」
「ん、分かった。タイムは・・・」
「書かなくていいっすよー。ただ預かっててもらえればホント助かります」
「うん。練習、頑張ってね」
「あい! あざーっす!!」

元気に敬礼ポーズをしながら、もまたいつもの・・・ちょっとクセのある歩き方で更衣室の方に向かっていった。





休憩後の後半のメニューの最中、オレはどうしてもこのバインダーが気になったので、
さんがマキオちゃんとの練習に夢中になっている間に見させてもらうことにした。


罪悪感は・・・ちょっとある。でもどうせ書いてあるのはこの小さい字でびっしり書いてあるタイムだけだろう、
そう思ってバインダーにはさんである紙をめくっていったオレは・・・ ・・・・・・少し後悔した。




バインダーには1週間分の記録しかなくて、それ以降は1枚黒い下敷きのようなものがはさんであって、
その下までは見えないようになっている。
ほんの好奇心からその下敷きを取り外して下をめくってみると、


これもどうやらタイム。
でも今ほどたくさんは書いてないし、かなり見やすいように書かれている。
1枚目にはひたすらタイム、2枚目にはそのタイムをグラフ化した紙、
そして3枚目には・・・・・・なにかの大会の標準記録らしきものがプリントされている。
表の1番上には日付が書かれていて、去年の・・・神奈川県大会のもの、みたいだ。
200m自由形の女子のところには黄色、400m自由形の女子のところには青色の蛍光マーカーがつけられている。


きっとさんはこのタイムを狙ってたんだろうなー・・・と思いながら標準記録タイムに目を移すと、
なぜかそこだけボールペンでぐしゃぐしゃと消されたような感じになっている。
更に1枚目、2枚目のプリントも県大会の日付の前の日までしか書かれてないみたいで、



よく見ると県大会当日のタイムも一旦は書いたみたいだけど、修正ペンとかあらゆる手段を使ってきれいに消されている。
その後の記録が書かれていないのは、多分当時3年生で引退をしたからだと思うけど、
あれだけ泳ぐのが好きでタイムもまめに書いているはずのさんがそこからぷつっと何も書かなくなったのはどうしてだろう?






「あーーーーーっ!!?」


いかにも「いーけないんだ、いけないんだ〜」と言いそうなトーンの声が聞こえてきた。
「あっ・・・・・・・・・・・・!?   あぁあ!? ご、ごめんなさいごめんなさい!!」
練習をほったらかしてまで、さんがオレのもとに走ってきた。
ぴちゃぴちゃとプールサイドの床を楽しそうに蹴ってるように見えなくないその光景が、今のオレには少し重かった。


「いーけなぃんだ〜いけなぃんだ〜」
さんは本当にそう言うと、さっきの織塚先輩と同じようなポーズをとった。
「そーいうのを、の ぞ き って言うのよぉ?」
そして先輩と同じような口調でいたずらっぽく言ってのけると、
普通にモノを受け取るような感じでオレの手からバインダーを取った。
「ご、ごめん・・・そういうつもりじゃあ・・・・・・」
「ちょっ・・・そんな真に受けないでくださいよぉ。それじゃ冗談言った意味がないじゃないっすか」
「うん・・・」
「でもそういう出来心、よく分かりますよ〜」
ニヤニヤしながらさんはオレに背を向け、バインダーをひらひら(?)させながら更衣室に向かっていった。






彼女のあの[作り笑い]は、オレを・・・彼女自身をも、重くさせる結果になってしまったような気がする。











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ちょーっとシリアス方面。こればっかりは[気にしない]ことができなかったマネージャーさん。
最近の創作はつくってもつくってもシリアスというかマジメ?方面いっちゃうから嫌だなー・・・。
インハイ選手が50mを40秒とか100mを1分10秒とかじゃ・・・ちょっと遅かったですかね?



(08.8.11)
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