「いらっしゃ〜い」
のんきな声で、店主と思しき男が私を出迎えた。
「お世話になります」と一礼をすると、彼は小さくうなずいた。

「事情はあっちから聴きました。・・・あなたが、 サン ッスね?」
「はい。・・・えっと・・・」
「ここ浦原商店の店主でもある、浦原 喜助ッス。以後、よろしくッス」
浦原さんの表情は、深く被っている帽子のせいで目元が特によく見えない。
たとえ声が飄々 (ひょうひょう) としていても目が笑っていないような気がする。

「ささっ、立ち話もなんですから・・・どうぞ、中へ」
浦原さんの手招きに頷き、浦原商店の扉をくぐった。
言うまでもないが、死神が見えない常人の目からしてみると、彼が独り言を言っているようにしか見えない。


表向きには「駄菓子屋」のような風情をした店内は、手前が商店である土間・奥に畳の部屋という、どこか懐かしさを感じる雰囲気になっている。
「幼少の頃でも、思い出してるッスか?」
カラコロと鳴っていた下駄の音が止まり、浦原さんが振り向いた。
私の歩幅がほんの少し狭くなっていることに耳ざとく気付いたようだ。
「はい・・・」
「本来、人は死んでソウル・ソサエティにいくと、生前の記憶を失うものなんスよね・・・・・・それがあなたにはあるようッスね」
「・・・・・・」
「まぁ、そういうことは時々あるものですから、心配しなくてもいいッスよ」
「そう なんですか」

「ええ。 ・・・です が、」
声のトーンが少し下がった。

じっと見据えられているような感覚。


「アタシは あなたの・・・なんて言えばいいッスかね、その・・・斬魄刀が心配なんスけど」

この人には嘘をつきとおせそうにない・・・だろう。
かの有名な技術開発局長の精密検査を欺けても、この人は欺けそうにない。
「話していただいて・・・いいッスかね? 現世での生活のことについては、その後で打ち合わせましょう」
「・・・・・・」
浦原さんはこちらに背を向け、店の奥へと歩いていく。・・・着いていくしか、ない。
先代の十二番隊隊長兼技術開発局長 という噂は本当だった。としか言いようがない。




「――それが、あなたがここに来た最大の理由ですか」
ちゃぶ台をはさみ、浦原さんと視線が一瞬だけ合ったような気がした。
「はい」
今の私は ほぼ無敵ともいえる能力(自分で言うのもなんだが)を手にしている代わりに、いつ自分が消滅するか分からない状態にある。
その[いつ]なのかは、斬魄刀にいるヤツの気分次第 といっても過言ではない。
「困りましたねぇ・・・。まさかそんなバクダンかかえたような方がくるとは思ってもいなかったものッスから」
「・・・・・・」
「ま、そうとなると・・・あんまり勝手に動き回られては大変なことになりそうッスね」
「はい」

「どうせアテがあるわけでもないッスよね? ・・・なんなら、ウチに泊まっていきませんか?」
「え?」
「アタシとしては、あなたの監視にもなるから、そうしていただきたいんスけどねぇ」
「・・・しかし」
「経済的な面なら問題ありません。暇なときに店の手伝いでもしてくだされば それで充分ッス」
「・・・・・・」
目を泳がせながら、私は少しばかり迷っていた。
ソウル・ソサエティに身元が確保されなければこの際現世だろうが虚圏だろうがどこでも構わないと思っている。
・・・いやしかしさすがに虚圏は嫌だな。毎日がいろんな意味での「戦い」になりそうだ。
と、どうでもいいこともついでに頭に浮かべながら、時折ちらちらと浦原さんの顔をうかがう。
目元が見えない以上・・・仮に見えたとしても、浦原さんが何を考えているかなど到底つかめそうにないが。


「――分かりました。浦原さんが それで良ければ・・・」



浦原さんは返答に小さくうなずくと、おもむろに立ち上がった。
どこから出したかは分からないが、手にはメジャーを持っている。

「んじゃーさっそく!義骸の採寸から いグァッ!?

メジャーを伸ばして準備を完璧にしたかと思ったら 奥の部屋から少女が飛び出し、浦原さんにドロップキックをかました。
あまりの勢いに、ただ私は唖然とするしかない・・・というか、
今はもみ合っている少女と浦原さんを見ているしかなさそう・・・だ。それにしてもこの子すごい・・・


――あっという間に浦原からメジャーを取り上げた少女が、私のもとに歩いてきた。
「こちらに・・・来てください・・・」
「は、・・・はい」
隣に来るとよく分かるが、やっぱりこの子は私よりもはるかに小さいわけで・・・正確に浦原さんを倒したあのドロップキックのチカラはどこにあるのか・・・
この際私は、彼女に死神である自分が見えていることや彼女自身がものすごい霊圧を秘めていることに驚かないことにした。

部屋から出るとき、物陰から
「うちの店長ヘンタイだから気をつけろよ」
という少年の声が聞こえた。

最終的に私の中では[浦原さんはよく分からない人]ということになった。





「仮に義骸に入ったとして、・・・あなたぐらいの格好だと 昼間に街中をうろついていると補導されるかもしれないッスからね」
「・・・中学とか高校とかに転入、ですか? ・・・しかし、存在していないはずの人間が突然なんて・・・」
「大丈夫ッス。アタシにまかせておいてください。制服の方もちゃんと用意できるッスから」
「そう、ですか」
このとき私は、自分が黒髪黒瞳という目立たないナリをしていることに心底感謝した。
ただでさえこの時期の転入は中途半端で怪しい。それ以上に目立ちたくはない。なにかと面倒だ。

「うーん、あとは・・・ やっぱサンは 中学生っぽいッスねぇ」
「そうですか?」
「高校生・・・と見るには発育が・・・・・・――いや、なんでもないッス」
「セクハラ発言として訴えますよ浦原さん」
「・・・とっ、とにかく! そうすると保護者的なモノが必要になるッスね」
「確かに・・・」
「まぁ、それについてはアタシが引き受けるッスよ」
「あの・・・本当にそこまでしていただいても大丈夫なのですか?」
「大丈夫ッス。あなたは自分のことだけ心配していればいい」
「・・・・・・」








数日後。
「でーきたッスよ〜!」
とりあえず何もすることがないので、人通りの少ない道で素振り練習をしていると、
店の奥から喜助さん(本人が「名前で呼んで欲しいッス」とのことらしい) の声が聞こえてきた。

居間に行くと、それはもう嬉しそうに義骸を抱きかかえている喜助さんが立っていた。
義骸は顔の部分以外は包帯でぐるぐる巻きにされているものの、
体格・顔つきとも自分と全く同じなので、なんだか不思議な気分になる。
「あの・・・せめて まず服を着させてあげてください」
「いーじゃないッスか。それはまた後・・・・・・いや、分かりました」
喜助さんは 彼の後ろ(ウルル)からの殺意のオーラに怖気づいたようだ。

義骸に入ると、現世での重力をまともに感じる。
まるで「生き返った」ような錯覚に陥るが、生前の自分がどう動いていたか など分かるわけがない。
とりあえず「浦原商店」と書かれたTシャツにズボンという動きやすい服装を借り、いろいろ動いてみた。
「最初はあまりなじまないと思うんスけどね、使ってるうちになじんでくるッスよ」
「いや、とても動きやすいです・・・。 これ・・・喜助さんがつくったんですか?」
「ええ、まぁ。向こうから届いたものをちょっといじっただけッスけど」
実験のためというだけあって、確かこの義骸は かなり凝った機能がついているらしい。
「数日は義骸に入っててもらうッス。・・・今度は、義魂丸が届くまで 待っててください」
「はい」



それから数日後のとある夕方。
「いっくぜー! ー!!」
「おう!」
浦原商店前。
ジン太から投げられた軍手ボール(軍手をまるめただけのボール)を、竹バット(ようするに竹ぼうき)で打ち返す。
私たちは どこからどう見ても「掃除当番のサボり」なのであるが、先に言っておくと 掃除ならもう済ませてある。
その証拠に、店の奥ではテッサイさんが商品を並べながら私たちを微笑ましげに眺めている。
「と、飛びました〜」
ウルルが軍手ボールを拾ってきた。1回打ったごとに、投手・打者・球拾いを交代しているので、次は私が球拾いの番だ。

彼らから見れば「お兄さんお姉さん」と呼ばれるような背丈の私が、小さな子どもに混ざって遊んでいる光景は さぞ滑稽なものだろう。
義骸だから誰かに見られるのだろうな・・・
そう考えていたら、

本当に見られていた。


栗色・・・というか、かなり明るい茶髪で、短髪の・・・いかにも女の子らしい女の子。
買い物袋を提げているので、おそらくお遣いの途中なのだろう。
「あ、いらっしゃいませ」
投手になったウルルは彼女に気付いていないが、打者になったジン太は顔を赤くしながら竹バットを構えた。
女の子はそれが見慣れた様子なのか、邪魔にならない程度に近くまでやってきた。そしてその2人に話しかけない代わりに、
「おにいさん!お菓子ください!」
「え?」
えーっと・・・

今、なんと言った?


「あ、ああ はい。お菓子・・・ですね」
このナリでいちいち「お姉さんです」とか訂正しても何かと面倒な気がしたので、声の高さを少し落として答えることにした。
「600円分、つめてほしいんですけど・・・」
「分かりました。ちょっと・・・待っててください」
結局私のことは「おにいさん」で通ったらしい。
この後私は中学に転入してセーラー服を着ることになるが・・・大丈夫なのだろうか。

「見てろよ!俺様が今打ってやっから!! ウルル!来い!!」
「・・・・・・」
ウルルは野球の投手の真似事のように、大きく振りかぶりながら軍手ボールを投げた。
女の子は私がお菓子を詰める様子を気にすることなく、ジン太の言葉通りに野球の真似事をじっと見ていた。
「いっくぜー! ジ ン 太 ホ ー ム ラ


ところがボールは見事に竹バットの上を通過し、ジン太は竹バットを振った勢いのまま1回転してしまった。
「「「・・・・・・」」」
私たち3人はかける言葉もなく立ち尽くした。
ジン太には悪いが、ここは次に話を進めさせてもらう。

「詰めれましたよー・・・」
「あ、あの・・・」
「はい?」
女の子は困った顔でこちらを見ていた。
もしかしてお菓子を変えたいのだろうか?・・・それなら変えてあげられるが。
「ふたつ、つくってもらえますか?」
「ふたつ?」
「えっと・・・えっと・・・カリンちゃんのぶんもだから・・・」
女の子はどう見ても小学校の低学年。伝える言葉に迷っているのだろう。
「300円のを2つつくればいいですか?」
「そ、そうです!おねがいします!」
「はい、わかりま・・・・・・ちょっ!ジン太!?」
返事をした瞬間、ジン太が私の持っていた袋を横取りし、店内に入っていってしまった。
「「・・・・・・」」

女の子と話すこともなく、ただ向かい合っていると・・・
「おらよ」
さすが店番をしているだけのことはある。てきぱきと袋を2つつくり、その中にお菓子を詰めて持ってきた。
「お、多くないか・・・?」
あふれんばかりのお菓子。袋がしまりきっていない。
女の子も少し心配そうな顔をしている。
「いーんだよこれで! シロートがいちいち口出しすんな」
「は、はぁ・・・」
確かにここに来て数日の私なんかより、ジン太やウルルの方が何でも分かっているのは明らかなことだ。
「600円な」
「はい。ありがとう」
笑顔でお金を渡す女の子の顔に、こちらまで笑顔になる。・・・微笑ましい光景だ。
その一方、ジン太は顔を真っ赤にして精一杯女の子から顔を背けていた。

「「ありがとうございました〜」」
私とウルルが声をそろえて女の子を送る。
ジン太は先ほどからずっと、そっぽを向いたまま。
女の子が振り向いて手を振るのを一瞥したかと思うと、「また来いよな」と小さくつぶやいていた・・・ように見えた。




「義魂丸、でーきましたよ〜」
そういいながら喜助さんが渡してくれたのは、どこにでもありがちな小さなキャンディーだった。
「ソウル*キャンディーの名のとおり、そのまんまキャンディーなんですね」
「チャッピーとかよりも、この形の方が持ち歩きやすいでしょ?」
言われてみれば確かにそうだ。あれは可愛いといえば可愛いが、少なくとも私には持ち歩けない。
「とりあえず口に放り込んでみてください」
言われたとおりに包みをはがし、キャンディーを口に入れた。
中に擬似的な魂が入っているので、口の中で転がさずに すぐに飲み込む・・・・・・と、

弾かれるように義骸から追い出された。
私は元のように死神の姿で・・・義骸の方がゆっくりと起き上がった。
「つくるのに苦労したッスよ〜。義骸自体が記憶媒体になってますから、急に入れ替わってもバレにくいようになってるんスよ」
「・・・・・・」
よく意味が分からないが、おそらく 死神である私の記憶を義骸が複製し、それを義魂丸に伝えることができるのだろう。

私の考えはおそらく当たりのようで、立ち上がっても喜助さんと私を交互にちらちらと見るだけで 何もしゃべらない。
もともと口数が少ない私にとってみると、かなりありがたい機能だ。


「んじゃー義骸と義魂丸のテストをするッス。サン、義骸の方に何か命令をしてみてください」
「命令・・・とは」
「これからあなた方にしばらくの間別行動をしてもらうんスよ」
そして私がこの義骸に戻ったとき、義魂丸が見たり聞いたりした情報を受け取ることができれば成功・・・ということらしい。
なら、適当に街中を歩かせようか。そう考えていたとき。



「虚・・・」
「久々に出たッスねぇ・・・。ついでですからサン、本業してきてください」
「あ、分かりました・・・」
無理に義骸を歩かせなくても[離れていれば]いいのだから、これでいいのだと思う。




ただ図体だけがでかくて鈍かった虚をあっさり斬り倒し、私は浦原商店へと戻った。

「片してきましたー」
そういいながら居間に入ると、義骸は正座しながらお茶を静かに飲んでいた。
「んじゃ、義骸に入ってみますか。・・・飴の包み、持ってるッスよね?」
飴の包みは義骸の方が持っていた。・・・義骸の状態で義魂丸を飲み込んだのだから、当然といえば当然だ。
「それを義骸の身体に当ててください。 っと、その際に口は閉じておいてください」
義魂丸が吐き戻される(というとかなり下品な感じだが)と同時に義骸に戻らないと義魂丸を落としてしまう。

<とりあえず、座るッスか>
<・・・さんは、大丈夫でしょうか?>
<なーに、彼女にはバクダンがついてるッスから 問題ないッスよ>
<だから余計に危ないんじゃ・・・>
<それに、虚の霊圧はそんなに大きくない。それぐらい・・・あなたにも、分かりますよね?>
<小さすぎて分からないです・・・>
<ほーら、だから心配ない。 戻ってくるまで お茶でもゆっくり飲んでいましょう。テッサイさーん!>
<しばしお待ちを・・・>

――軽い頭痛と一緒に、私がいない間の出来事が手に取るように伝わってきた。
後で聞くと、義魂丸が義骸に入るときも、これと同様のことが起こるらしい。
時々入れ替わらないと、この頭痛はいっそう激しくなるだろう。


「来週から、あなたは中学1年生 として馬芝中に転入 ということになるッス」
「・・・分かりました」

5月の連休が明けたばかりの季節。 ・・・予想通り、かなり中途半端な転入になりそうだ。










N E X T