「今日からこの学校に転入してきました、 です。・・・よろしく お願いします」

とりあえず無難に、このぐらいにしておこう。



当然のことながら、地元生まれ地元育ちだった私にとって「転校」だの「転入」だのということは全く縁がなかった。
自分が他の学校に行くこともなければ、他の学校から誰かが来ることもそうそうなかった。そんなご時世だった・・・・・・気がする。
もしくはただ覚えていないだけ。 ・・・この際どちらでもいいか。

「じゃあ席は・・・そうだな、まだ番号順に座ってるから 一番廊下側の一番後ろに座ってくれ。寒くてすまないな」
「分かりました」
先生の言葉にうなずきながらそう答えると、とりあえずそこまで歩いていった。
人間 目新しいものや珍しいものには弱く、・・・いわゆる「ミーハー」な精神を持ち合わせた者は少なくない。というか、多い。
予想通り、私が通る端にある机に座る生徒からは 珍しいものをみるような目が向けられている。
窓側からもおそらくそういう視線はあるのだろうが、いちいちそこまで見て誰かと目が合うのも気まずいから ここは控えておこう。


「――と、いうわけだ。仲良くしてやってくれよ」
私が席に着いたのを見計らって先生がそれだけいい、[朝の会]というやつは終わった。



「ねぇねぇどこからきたの?」
「・・・すぐ、隣の 鳴木市 から」
「あ、そーなんだ〜! じゃあこの辺には詳しい?」
「こっちには、初めて 来た」
「あれー?でもさぁ、親戚がこっちに住んでるんじゃないのー?」
「・・・・・・だけど、本当に遠い親戚で 最近まで縁がなかった から・・・」
「そっか〜」
「はい次オレ!! 趣味は!?」
「・・・・・・」
「バカだな〜。そんなの読書だ って見りゃ分かるだろー?」
「そうだけどよー・・・・・・えっと、じゃあじゃあ!」

――どこから漏れたんだそんな情報。


私の座る席を人が囲むのはおそらく今日・・・よければ[今]だけだ。
今日さえ終われば明日からはそんなこともなくなる・・・だろう。
本を読みながら淡々と答えていれば 相手の方から飽きてくれるに違いない。というより、それを期待したい。

誰かとつながるのが面倒? ・・・そうではない。
誰かとつながりたいと思っていない? ・・・それは・・・少しあるかもしれない。
とりあえず今は、この素のカタいしゃべり方が出ないように努力しなければならなさそうだ。








今日限りの我慢、今日だけだ、今日・・・だけだ。
――と自分に言い聞かせていたと思えば、早 放課後。

とりあえず同じクラスの人間からしてみれば 私の存在は[空気]になったようで、
話しかけてくる人ももういない。聞きたいことは全て聞けたのだろうか。
それとも飽きてくれただろうか? ・・・どちらにしろ、人に囲まれることはもう経験しなくてもよさそうだ。


いや待て・・・まだ明日・・・他のクラスの人がいたか。
次はどうしたものか。次も同じようにやり過ごせばなんとかなるだろうか・・・



それより いつになったらこの状態が終わるのだろう。早く終わってほしい・・・

そう考えながら私が向かった先は自分の学年の階にあるトイレ。
ただ本来の目的のために入った・・・は、いいが・・・・・・



同じクラスで見た・・・ような気がする女子が、ケバい女子生徒数人に囲まれている。



これが最近の[いじめ]というヤツか。
いつの時代も[いじめ]は変わらないな。・・・ただひとつ違うところを挙げるとするなら、陰湿・・・?

「井上さ〜ん、あたしたちー お金ないんだ〜」
語尾をやたらのばしているのが 何となく耳障り。
囲まれている女子が井上さん ・・・そういえば窓側の前のあたりにいたのが授業中に見えた、な。
橙・・・とまでいかないにしても かなり明るい茶髪で、動きやすそうな短さ。
まだこの季節だと少し寒そうな気がしないでもない。
「・・・・・・」
で、その井上さんはというと、泣きながら縮こまって震えている。
「ひとり1000円で5人ぐらい、いいよね〜?」
中学生の小遣いにしてはずいぶん高額だな。
「・・・・・・」
それにしても井上さんの方もすごいな。
あれだけ迫られているのに 何も言わずにただじっと耐えているというのが。
「おい、何か言えよ」
ケバい集団の態度が急変した。
たった二言答えなかっただけでこれだ。短気にも程がある。
「何か言えってんだよ!また髪切られたいか!?」
ついにひとりが手を動かした。

さすがにこれを放置するわけにはいかなさそうだ。



「・・・なっ!?」
「・・・・・・」
女子の手が井上さんの胸倉をつかむ ほんの手前。
自分の反射神経では これぐらいが限界だろう・・・・・・もう少し精度をあげたい。
しかし手をのばそうとした先にいる井上さんが まだ目をつぶっているのだから、成功といえば成功。
それにしても先ほどまで私が後ろにいたことには全く気付かなかったのだろうか。・・・少し、鈍すぎやしないか?
「っ離せ!!」
井上さんがおそるおそる目を開いた。
女子は力いっぱいに腕を振ろうとしているのが何となく分かる。
が、残念ながら腕は動かない。腕が動かないだけの力を入れているから・・・。
「・・・・・・」
いろいろと頭に浮かぶ言葉はあるが、こういうときに何と言えばいいのかがよく分からない。
「やめろよ」・・・言う言葉自体は正しいはずだが・・・、なにか違う。
「かわいそうだろ?」とか言うのもなんだか柄に合わないし、もし人質風に「井上さんはあたしたちの友達」とか言ってこられたら困る。
「人から金を借りるならもう少し小額にしろ」・・・それはツッコむところが違う。
・・・ああ、もうどうでもいい。

考えている間に他の女子が迫ってきた。

女というものは、目上に対して平気で媚びることがある。
・・・例えばここで他の女子たちが私に攻撃をしてきたとして、
たとえ正当防衛のための反撃であっても 先生とかに告げ口をし、私を悪者扱いとする。
おとなしく殴られるべきか?
・・・それも嫌だな。

つかんでいた女子の手が白くなってきた。・・・しまった、つい力を入れすぎた。
他の女子につかみかかられる寸前に その手を離すと・・・
「ちっ・・・」
・・・と舌打ちをしながら早足で去っていった。



緊張が解けたのか、井上さんはその場にがくっと座り込んだ。
「大 ・・・丈夫?」
まず言葉をかけるとしたら・・・これか。
「うん・・・・・・、あり がとう・・・」
震えた声が返ってきた。
・・・怖かったのだろうな・・・。

これ以上続く言葉が見つからなかったので、もう個室に入ることにした。




個室から出たとき、彼女の姿はもうなかった。
教室に戻ってもいないし、荷物もないことから もう帰ったのだろうと踏んだ。








カツアゲ現場に遭遇しただけでも充分運が悪いのに、
下校途中に虚に遭遇するとは・・・・・・また運が悪い。

飴を飲み込み、虚に飛び込む・・・
うん、さすがは虚。・・・目の前の少年整 (プラス) に夢中になっているかと思えば、
しっかり振り向いたではないか。
眼下では、義魂丸の私が何事もないように歩いている。
その先から、なんだか柄の悪そうなオレンジ頭の中学生が少年の魂と虚との間に割り込むように走ってきた。

ずいぶん霊力の高い人間だな・・・。
そのくせによく狙われないものだ、あいつはよほどの幸運の持ち主だろう。
ところであいつから虚は見えているのだろう・・・か?


眉間のしわをよりいっそう深くしているのがここから見える・・・ということは、まだかすかにしか見えない状況か。
どちらにしても私がこれ以上霊力を発揮して彼にこれ以上見えるものが増えられては困る。

虚をじわじわと焦らす、我ながら後味の悪い戦闘を繰り広げていたが・・・・・・そろそろ締めにさせてもらう。


懐に飛び込み、仮面に一閃。



虚が消えた頃には、義魂丸の方はオレンジ頭をとっくにすれ違い・・・ずいぶん離れた位置にいた。
あれはもうあのまま帰らせるとして、その整の魂葬をさせていただこう。


「消え・・・たか」
オレンジはこの場面に何度も遭遇しているのか。
というかその度に誰かが片付けてくれていたのか。
「お兄ちゃん、ありがとう」
少年の魂がぺこりと頭をさげた。鎖がまだだいぶ長い・・・死んだばかりか。
「・・・・・・」
とりあえず彼らに近づき、少年の肩をたたいた。
「ん? ・・・・・・お兄ちゃん、だれ?」

またお兄ちゃんか・・・・・・ もういいや。

「お、おい? ・・・そこに誰かいんのか?」
オレンジが目を凝らしながらこちらを見た。・・・視線が合うわけがない。彼にはまだそれだけの霊力がないから。
ちなみに声も聴こえない・・・はずだ。
「きみが今みたいな化け物になっては困る・・・から、ソウル・ソサエティに送る」
「・・・それってどんなところ? 天国?」
「うーん・・・・・・まぁ、そんなところ。とにかく ここに長く居ては危ない」
「そっか・・・」
「別れを言いたい人がいるなら、今のうち」
そういうと、身内には全く未練がないのか・・・少年はその場を動くことなく回れ右をした。
「お兄ちゃん、長い間ボクを守ってくれて本当にありがとう。ボクもう天国に行くんだって」
「・・・・・・そうか。あっちでも幸せに暮らすんだぞ」
そういうとオレンジは少年の頭をくしゃくしゃとなでた。
「うん!」
嬉しそうに返事をし、少年は再び回れ右をした。
「痛いことはしないが・・・少し、目をつむって」
「ん・・・」
少年が目を閉じたことを確認して、斬魄刀の鞘の先端を彼の額にあてる。


地獄蝶がまた1匹、空に向かって舞っていった・・・・・・ この蝶も彼にはまだ見えないだろう。
とにかく、少年が無事にソウル・ソサエティ・・・というか天国?に行ったであろう と彼は思ったようで、小さくうなずいた。





なんだ、見た目のわりにはいいヤツそうじゃないか。表情がもったいない・・・。










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