登校途中の静かな通りで、人が数人集まっていた。
ちょうど通勤通学の時間。私も今から学校まで向かうところであって、
人の集まりも よく見ると学生からサラリーマンからいろいろな格好をしていた。
学校に行くためにはどうしてもそれを通っていかなければならない。
道路を渡って反対車線の方を歩くという手段もあるが、・・・まぁいいか。
集まりに近づくにつれ、はっきりと声が聴こえてくるようになった。
「お兄ちゃん!」
甲高い、女子の声。
「死んじゃイヤだよ! お兄ちゃんってば!!!」
聞き覚えがある、中学生の声・・・・・・
私自身も集まりのひとりになったとき、ようやく人が何を囲っているのかが見えてきた。
いかにもこれから会社に向かうような格好をした男性が倒れている。
目立った外傷はないが、顔に生気がない。
「あたしをひとりにしないで!お兄ちゃんっ!!」
そしてその倒れた人を一生懸命ゆすっているのは・・・
「いのうえ・・・さん?」
私の声に気付いたのか、目に涙をためながら 彼女はこちらを向いた。
「事故・・・?」
彼女とその兄の近くにしゃがみこみながら聞いてみた。
「・・・分かん ない・・・」
辺りを見渡しても 人が立ち尽くしているだけでへこんだり壊れたりしている車はない。
・・・ひき逃げ?
「救急車・・・は 呼んだ・・・?」
「・・・・・・」
彼女は小さく横に首を振った。彼女自身、たった今彼が倒れている現場に遭遇したばかりのようだ。
「携帯電話とかは・・・ ?」
「・・・・・・」
再び小さく横に首を振られた。 ・・・現世での普及率は高いらしいが、持っていない人だっている。そういうものだ。
「周りの人は・・・ 通報 ・・・・・・」
していないだろうな。
人の集まりの顔を確認しようと顔をあげてみた ・・・・・・と思ったら ひとり、またひとりとこの場から去っていくではないか。
・・・役立たずが。
そして伝令神機(兼 携帯電話)を修理のため喜助さんに預けてきてしまった私も役立たず・・・だ。
「この近くに・・・病院は?」
「小さい病院だけど・・・」
「・・・そこまで運ぼう。荷物、持つから」
「うん」
井上さんが自分から兄を背負うと言い出し、彼を背負った。・・・相手は若いながらも大人だ。
しかも身長差がありすぎる。 ・・・しかしこれ以外に方法はない。
外傷がないケガというのは、下手に動かすと悪化してしまうおそれがある。
だから本当なら救急車を呼んですぐに治療の手配ができればいいのだが・・・あいにく連絡手段がない。
もっと広い通りなら電話を借りることができたかもしれないが、ここは民家も少ない 非常に条件の悪い道路。
――肝心なときに限って、人は無力なのだ。
お世辞にも背負うとはいえないような格好で 井上さんは彼女の兄を、私は2人・・・いや、3人分の荷物をもって、
ようやく見えてきた[クロサキ医院]という小さな診療所に向かって 一歩一歩歩いていた。
と・・・・・・
いつの間にか井上さんの兄が2人になっていた。
鎖は・・・まだかろうじてつながっているが、ちぎれるのは時間の問題だ。
「っ急げ! お兄さんが危ない!!」
「え・・・!?」
「もうすぐ病院だ!早く・・・!!」
死神は死んだ人間になら対処できるものの、生きた人間を直接助けることは できないに等しい。
因果の鎖がちぎれてしまったら、本当の意味でもう「何もできない」。
井上さんの歩幅が大きくなった。
間に合え!間に合え・・・!!
当然朝のこんな早い時間から病院が開いているわけがない。
井上さんより先に病院まで走った私は、思いっきり扉を叩いた。
「開けてください! ひと・・・人が死にそうです!! 早くっ!!!」
すぐに、私たちと同じ学校の制服を着た男子が内側の鍵を開けた。
「おう、どうし・・・・・・!!?」
男子生徒は 私、井上さん、彼女が背負っている彼、何もないはずのところを順番に見て、目を見開いた。
「今オヤジ呼んでくっから! 中入ってろ!!」
「分かった! ・・・井上さん、大丈夫・・・?」
「うん・・・でも、お兄ちゃんが・・・」
先ほどまで彼女が感じ取っていた 彼のかすかな呼吸の音・血の流れなど・・・それらがなくなっているそうだ。
今更気付いたことだが、その男子生徒は昨日のオレンジ頭・・・
つまり彼の家は病院だった ようだ。 ・・・彼があんな体質な理由が何となく分かった気がする。
オレンジ頭と入れ替わりにやってきたのは、派手な私服に白衣を着た男性。
「今治療するからな! ・・・いちごー!!運ぶの手伝え!!」
「お、おう!!」
医師は手早く担架を持ってきて、井上さんの兄を丁寧に担架に乗せた。
担架の片側を持つのは、先ほど「いちご」と呼ばれたオレンジ頭。
せーのっ!と手際よく診察室に井上さんの兄を運んでいく様子を、
井上さんは心配しながら見ていた。
・・・彼女だけではない。井上さんの兄自身も、自分の身体と妹とを交互に見比べていた。
「――そんな・・・っ」
彼が横になっているベッドに井上さんが崩れ落ちたのは、診察室に彼が運ばれてから数分後。
「すまない嬢ちゃん・・・・・・最善は尽くしたのだが・・・」
これからあたしはどうすればいいの・・・ お兄ちゃんっ・・・
・・・・・・こういうときは 下手に言葉で慰めても逆効果になるだけだ。
そういえば、先ほどまで自分の身体のすぐ近くにいた井上さんの兄がいなくなっている。
どこに行ったのだろう?
私とオレンジ頭・・・とその父親は、とりあえず診察室から出ることにした。
「一護、俺はいろいろやることがあっから・・・・・・2人とも、学校に行くんだ」
「・・・・・・おう」
「・・・はい」
井上さんはどうするのだろう?
しばらく学校を休むということなど言うまでもないが・・・なんていうか、そういうことではなく・・・
通勤通学の時間帯を少し過ぎた通学路。
「黒崎、くん」
彼の背中は 年齢にあわず・・・少し大きく見える。
目立つほど背が高いわけではないが、不思議な安心感がある・・・
「あ?」
当然私が彼の横を歩くわけでもなく、少し後ろから声をかけている。
答えるたびに、彼はマメに振り向いてくれる。
「・・・・・・こういうの、よく ある・・・こと?」
「・・・おぅ、小さい診療所でも病院ってことに変わりはねぇから な」
「そう ・・・」
「どうしたよ?」
「・・・・・・病院の扉を叩く前に、私はもう駄目だと思っていた」
「なんでだよ」
「・・・突然だ けど、 黒崎くんは ユーレイとかって 信じる?」
「・・・・・・」
まぁ見えているはずなのだが、彼の場合どう答えるところか。
と、彼はそこで立ち止まった。
ゆっくりと振り向きながら
「――これから俺が言うことを笑わねぇって約束できるか?」
できる。
「・・・これから俺が言うことを信じようが信じないが、誰にも言わねぇって約束できるか?」
もちろん。
「・・・・・・実は俺、霊媒体質 らしくてよ」
それはその霊圧の大きさが問題なのだろうな。・・・多分。
「井上、だっけ? ・・・あいつには悪ぃけど、俺がドア開けたとき おまえとそいつとそいつの兄貴と・・・もうひとり見えた」
「その、もうひとり が・・・」
「そいつの兄貴の魂・・・だった」
「・・・・・・」
「・・・・・・なぁ」
「?」
そう言うと、彼は再び歩き始めた。・・・先ほどよりもゆっくりとした足取りで。
「おまえまさか・・・信じてんのか?」
「と、いうと・・・?」
「だ か ら、俺はユーレイが見えたり触れたり喋ったりできる・・・ってことをだよ」
「信じる」
「なんでだよ? 目に見えるもんじゃねーんだぞ?」
・・・私にとっては魂も人間と同じようなものだと思っているのだ残念ながら。
さて、それを言ってしまおうかどうしようか・・・
「確かにそう・・・だけど、 実は 自分も・・・」
「え、そうなのか」
「一応。 ・・・ただ、私は多分黒崎くんと違って頼りないから ユーレイも寄ってきてくれない、のかもしれない」
「なんだそりゃ。そっちの方がいいじゃねーかよー」
彼の表情から・・・今一瞬だけ眉間のしわが消えた。
あんな顔をしている彼も、笑うときは笑うのか。 ・・・それだけで何だか少し安心した。
ちなみに、生きている人間が死にそうな人間を助ける方法に[心肺蘇生法]というものがあるらしい。
手順さえ分かっていれば、そこそこの確率で人間が助かる・・・そうだ。
仮に後遺症が残ったとしても それをやっていたかやっていないかで 大きく違う・・・らしい。
という話を今日の午後の授業で教わった。
・・・本当に、間が悪い。 ・・・なぜ昨日この授業がなかったのだ。
それから3日後、井上さんは目が腫れたその顔のまま 教室の扉を開けた。
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