教室に入ってきた井上さんを目で追ってみた。
彼女は一番窓側の前から2番目の席らしい。
すとん、と力なく荷物を置いた音に、彼女の前の席の女子が振り向いた。
私の席は一番廊下側の一番後ろなので、クラスメイトの声もあって その2人の会話は聴こえない。
どうしたの?
・・・・・・
お兄さんが・・・ だっけ
・・・・・・
あれ、それは?
・・・・・・
そっか・・・大事な、・・・だね
・・・・・・
この席からでは井上さんの表情が見えない。
井上さんの前にいる女子は 表情・口の動きから言っていることはなんとなく分かる。
彼女の指摘どおり、井上さんの頭には空色のアスタリスクのような形をしたヘアピンがついていた。
そういえば今井上さんと話している前の女子・・・・・・誰かに似ているような・・・
その女子が誰に似ているのか。
そんなことも頭の片隅で考えつつ、学校生活を送っているうちにもう1週間ほど経ってしまった。
この1週間、特に何があったかというとそういうわけでもなく、
そういえばそろそろ[期末テスト]とかいうものが近づいているな・・・というぐらいなものだった・・・と思う。
今日は先生に分からないところを聞いたり教えていただいたりしたので、帰りが少し遅くなった。
教室は誰もいない。・・・窓側の前の方に2つ荷物がある・・・から、まだ井上さんたちがいるのだろう。
とりあえず私は帰る。彼女たちがどこにいるのかも分からないし、そもそも待つ理由もない。
「何やってんだよお前ら!!」
――その声は、いつものトイレから聞こえてきた。
先日井上さんと話していた、あの女子の声だ。
「あ? なにおまえ?」
対して聞こえてきたのは・・・この間井上さんをいじめていた連中。
「井上さんが・・・かわいそうだろ!?」
それはあのとき、私が言おうと思いつつ言えなかった一言だった。
何のためらいもなく、彼女は言ってのけた・・・。
「かわいそう?」
「なに言ってんの? 井上さんはあたしたちの ト モ ダ チ なんだけど?・・・・・・ね〜?」
どこも友達には見えない言い方をしながら 連中は井上さんに詰め寄った。
そして気付いたら私はこの間同様、彼女たちのすぐ後ろまで足を運んでしまっていた。
「違うっ!」
違う、なんて私たちからすればそれは当たり前だ。
しかしこの迫られた状況の中、井上さんは・・・
「・・・・・・」
おびえながら ただ黙りとおしている。
「おら、なんとか言えよ」
「早くうなずけよ?」
「・・・・・・」
結局、連中の圧力に負け 井上さんは小さくうなずいてしまった。
「ほ〜ら、そういったじゃん」
「バッカじゃないのー?」
キャハハハハ・・・と耳障りな声を発し、井上さんから奪ったと思われる札をひらひらさせながら、
連中は女子に散々罵声をあびせたり押したり蹴ったりしながら トイレから順々に出て行った。
「・・・っ!」
女子が反撃をしようとこぶしを握った。・・・危ないっ
「わ・・・っ!?」
なんとなく、本当になんとなく なのだが、何かが[彼女は強い]と私に言い聞かせていた。
だから、こうして羽交い絞めにして止めておいたほうが いいのかもしれない。
時折「っ離せ!」と小さく聞こえてくる・・・しかし予想通り 彼女の力はとても強かった。
人間とは違う生活をし、人間とは全然違う訓練とか何とかで普通の女子よりは力がある(と思っている)私だが、
現世にも・・・上には上がいるのか。
連中が出てしばらく経ってから女子を解放し、トイレから廊下をのぞいてみた。
「ちょろいちょろい」
「てゆーかさー、あいつなんかかわいいヘアピンしてなかった?」
「あー・・・むかつくー」
「次はあれとっちゃう?」
「とっちゃえー」
・・・・・・もうこちらに注意は向いていなさそうだ。
と、そのとき・・・
「何やってんだよ!!」
私の背中から、女子の精一杯の叫び声が聞こえてきた。
振り向くと、泣いている井上さんの袖をつかんで 彼女が怒鳴っていた。
「あ、あの・・・
「あんたは黙ってて! ・・・・・・なんであの時否定しなかったのよ!?」
「「・・・・・・」」
この怒鳴り声を聞くぐらいなら、あのカツアゲの方がまだ穏便な気がする。・・・それだけ彼女の声には迫力があって、怖い。
言われたとおりに、私は彼女の後ろで黙って聞いていることにした。
「こわ かった・・・」
「・・・・・・」
嗚咽しながら、少しずつ井上さんが話し始めた。
「入学して・・・すぐ っから・・・最初から・・・ あんな ふう、だった んだけど・・・」
女というものは嫉妬しやすい。
あれらは 彼女のこの髪の色にでも嫉妬したのだろうか。
「 髪の色が 気に入らない って・・・ はさみ ・・・もってきて・・・っ」
「――・・・じゃない・・・っ」
「?」
彼女が何か小さくつぶやいた。
「あんたが、・・・あんたの意志がない限り、守ってあげれないじゃない・・・!」
「で でも・・・」
また今回のように井上さんがうなずいてしまえば、また同じ結果となる。
「もしあんたが自分の意志を言ったとき、あいつらが何かしそうになったら・・・あたしが絶対守る」
うつむいていた井上さんが、彼女を見た。
この人なら、嘘は絶対につかない と思わせてくれる、まっすぐな瞳。
・・・・・・ますます、私が知っている誰かに似ている・・・。
と、井上さんはついでに私の方も見た。
目が合ったとき、私は無意識のうちに小さくうなずいていた。
「もし、またこんな場面に出くわしたら・・・私も ・・・助けたい」
「あんた・・・」
「こういうのに遭遇する運だけは強いみたい・・・だから・・・・・・だから、」
だから、えっと ・・・・・・
「だからさ、・・・・・・もう 泣くなよ」
私が言いたかった・・・けど、何かが邪魔していて言えなかった一言を、彼女はあっさり言ってのけた。
その一言が決定打となったようで、井上さんは彼女に飛びついた。
・・・お兄さんが死んだ日以上に、大泣きしていた。
「あり がとう・・・っ、 ・・・有沢 さん・・・!」
「たつき でいいよ」
そういいながら彼女は、井上さんをやさしく抱きしめていた。
今になってやっと彼女の名前が分かった。
多少おさまってきた井上さんが、有沢さんから離れると、
今度は私の元へやってきた。
「あのときは・・・本当に ありがとう・・・・・・ えっと・・・」
「
。・・・・・・私のことも、名前で いい」
「うん!」
ようやく笑顔になった井上さんは 私の手を強く握りしめた。
人って、こんなにも暖かくて・・・温かいのか。
N E X T